プロフィール

ジュンママ

  • Author:ジュンママ
  • 3児の母。娘が2人。
    末っ子の息子のジュンは、1歳で脳腫瘍(毛様細胞性星細胞腫)を発症。
    (闘病の詳細はHPのほうに
    記しています)
    現在は高校1年生。
    日々のあれこれを綴ります。

    ※ここでジュンのことをお伝えするのは終了しました。
    今までありがとうございました。
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真珠のイヤリング ~母の日によせて~ 
2007/05/13 【Sun】 21:50
CATEGORY【日記】
〈いつもとまたちょっと違いますが・・・〉

IMGP0082.jpg


最近立て続けに、母親の夢を見た。

母が亡くなって、もう13年。
ジュンが生まれて、まもなくして入院。
亡くなったのは、ジュンが生後5ヶ月のときだった。

「そういえばもうすぐ母の日だし、何か私に言いたいことでもあるのかな」
私が結婚したときの母の年齢。
私はそのときの母の歳と今、同じ歳になった。

それもあって、最近よく母親のことを思い出していたので、そのせいもあるのかな。

母というと、強烈に思い出すことがある。

母が晩年愛用していたイヤリングがあった。
真珠のシンプルなイヤリング。
豪華さはないけれど、片方にふた粒の真珠がついていて
とても可愛らしかった。

「ねえ、あれ貸して」
母娘ならよくあることだと思うけれど、背格好も似ている私たちは
互いの洋服やアクセサリーをよく交換して身につけた。
その真珠のイヤリングも、何かあるたび母の手と私の手を
行き来した。

母が最後の入院をしたとき。
そのときはその真珠のイヤリングは私のところにあった。
「あのイヤリング返しておいてね。近いうちに使う予定だから」
「は~い(^^)/」
次に母を見舞ったとき、私は病院のベッドにいた母の手に
にその真珠のイヤリングを渡した。「また、貸してね」

それから母は壮絶な闘いの末、亡くなった。
一段落した後、イヤリングのことを思い出して、父に頼んで
持って来てもらった。
「片方しか見つからなかった」

そんなわけはない。私はちゃんと両方一つにして母の手に渡したのだから。
母はあれから家に戻ることなく、それを身につけることなく、逝ったのだから。
でもその後、自分で実家の母の持ち物を探したけれど、イヤリングの片方は
やはり見つけられなかった。

私の手には、片方のイヤリングが残り、その後父も亡くなり
実家には誰もいなくなった。

私は思った。
あの片方のイヤリングは、母が持っていったんだと。

いずれ私も母のところへいったら、またふたりで色んなもの貸しっこ出来るかな。

それまで、まだもうちょっとあると思うけれど待っててね。

IMGP0080.jpg
晩ご飯は、ジュンがつくってくれた“母の日カレー”でした。



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